我が青春の四天王プロレスよ永遠なれ! (唐突に...番外編です。)
最近は話題が少ないのか、よくプロレスの記事がネットニュースに記載されて
目にする事が増えてきたと思います。
自宅待機や三密予防で毎日変わり映えしない記事が多くてプロレスの記事で
〇〇年前の今日は、こういう事がプロレスでありました...みたいな
1990年6月8日ですよ。今から30年前、私は日本武道館に観戦行きましたよ。
天龍源一郎離脱後の今後の全日本プロレスの行く末を決めると言っても過言
では無い大イベントですよ。
数日前の東京体育館で、3代目タイガーマスクこと、三沢光晴さんが、この
大会で試合中にタイガーマスクと決別すべくマスクを脱ぎ捨てたのはね...
そして迎えた大一番の日本人最強レスラーの呼び声高いジャンボ鶴田さん
との一騎打ち。観戦に行かない訳がない。
鶴龍対決で最高の試合をして熱狂してきたファンからすると、三沢ごときに
ジャンボ鶴田が万が一にも負ける訳がないと...
でも三冠ヘビー級ベルトに絡む日本人がジャンボ鶴田さんだけではどうか?
スタン・ハンセンやテリー・ゴディなどの大型外国人レスラーと闘う若い
世代の台頭を望みたいファン心理...
そのファンの想いを込めて最強レスラージャンボ鶴田さんに挑む三沢光晴さん
を後押しする人達...
いざ試合が始まればジャンボ鶴田さんに余裕が感じられる展開、これは想像
出来たけど、客観的に見ていられたので試合途中からは自分的にアッサリと
終わる様な...でも、こういう時のやらかしてしまうジャンボ鶴田さんが出て
きてもおかしくないかも...確率は低いけどと思いながら観戦していると、
三沢光晴さんがジャンボ鶴田さんの必殺技バックドロップを起死回生の切り
返しで見事なスリーカウント勝利❗️
あの時の瞬間の事は今でも印象に残っているけど、三沢光晴さんを応援して
いた人達がリングを取り囲み、大三沢コールをして感動して泣いてる人も...
逆に対照的なのが、ジャンボ鶴田さんが万が一にも負けるとも思っていない
歓喜と怒号...
後にも先にも何度も全日本プロレスの会場に足を運んでいるけど、大会終了後
にあそこまでの雰囲気と反応は最初で最後だった気がします。
あの頃の四天王プロレス時代のイベント後は、どっちが勝っても負けても、そ
こまでの雰囲気や反応は無く、満足して帰宅してじゃあ次の展開はどうなるの
かなぁって感じでした。
でも、そこからの三沢光晴さんの活躍を語る上では絶対に外せない大会である
ターニングポイントと呼べる大会が、30年前に行われていたという事実と、そ
こに居た自分を思い出し懐かしさと、今のプロレスから離れている自分がね...
あの時の熱い気持ちで戦い、熱狂して応援したプロレスと今の自分...
ジャンボ鶴田さん...病気にならずに後少しだけでも若手の高い壁になっていて
欲しかった。あなたが日本人最強レスラーです。
三沢光晴さん...私にとってのヒーロー、プロレスは負けたら駄目で常に最強であ
る。強くてかっこいい...生きていて欲しかったです。日本人最高のレスラーです。
私的には、この日で一番悔しい思いをしたのがクラッシャー・バンバン・ビガロ
と対戦した川田利明さんが負けたのがね...
今思う関係ない.....ひとり言
他人の意見を自分の意見の事の様に言う人は、
中身を伴わないから、すぐバレる